第50回日本周産期・新生児医学会学術集会
教育セミナー

妊娠中の「安全」確保
―明日からの外来で気をつけてほしいこと―

目次

ご挨拶
国立病院機構長良医療センター産科医長 周産期診療部長 川鰭 市郎

座長経歴・演者経歴

演題 妊娠中の安全確保 ~明日からの外来で気をつけてほしいこと~
自治医科大学産科婦人科学講座 准教授
佐野厚生総合病院産婦人科 主任部長 桑田 知之

演題 妊娠中の安全確保 〜明日からの外来で気をつけてほしいこと〜

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自治医科大学産科婦人科学講座 准教授
佐野厚生総合病院産婦人科  主任部長
桑田 知之

はじめに

妊婦やその家族からは“うまくいって当たり前” と思われているお産だが、その反面、多くの妊婦は様々な「不安」を抱えている。我々周産期医療従事者は、日常健診で超音波やME 機器を駆使してその「不安」に対処し、「安全」にお産ができるように配慮している。胎児が元気かどうかという「不安」、お腹が大きくなり腰まで痛くなった時の「不安」など、妊婦が感じる「不安」は様々である。使用する医療機器でも、「安全」に使用するために考えるべきことがある。そんな「不安」を「安心」に変え、「安全」な周産期医療を提供するためにどのように対応すればいいのか、
①胎児の安全、②母体の安全、③機器の安全に分け、われわれができることを考えてみたい。

① 胎児の安全

妊婦はお腹の中の胎児が元気でいるかどうか気にしている。妊婦健診では、「赤ちゃん元気ですか?」の質問に対して、超音波で胎児心臓の動きをみたり、胎児心拍モニタリングで胎児well-beingを評価したりして、妊婦を安心させることができる。病院に来れば、このようなME 機器を駆使することで胎児well-being を知ることができるが、胎児が元気かどうか不安になるのは、実際には病院ではなく、自宅や職場が主であると言ってよい。

胎動は、妊婦自身が胎児が生きていることを感じる唯一のツールである。胎動カウントは古典的な方法であるが、高額なME 機器とは異なり、妊婦自身が胎児well-being を自宅で手軽に評価することができる。妊婦は、胎動を感じることでお腹の中で児が生きていることを実感し、母児の絆を感じることができる。妊娠初期には、「まだ児が動かないので不安だ」と感じる妊婦も多い。が、妊娠時期が進み、胎動を感じるようになればひと安心する。その後に、胎動が少なくなれば、異常かもしれないと感じる。このように胎動は胎児の異常を察知できる有効な手段である。

自宅でできる胎児健康診断法として、我々は簡便にできる10 回胎動カウント法を提唱してきた。
妊娠週数別の胎動基準値を作成し、様々な疾患における胎動減少をこれまでに多数報告した 1)。

胎動カウントに関する研究

胎動減少に関する研究は多数ある。なかでも、「胎動減少が、胎児死亡に先行する」という事象は、昔から報告されている。Pearson は、単胎妊婦120 名の研究で、胎動減少のない108 名と胎動減少や消失のある12 名を比較したところ、前者では児死亡が1 名であったのに対し、後者では4 名の死亡と5 名の緊急帝王切開があったと報告している 2)。

ノルウェーのFroen のグループは、母数の大きな研究を報告した 3)。Froen らは、ノルウェーの東部地区で「胎動計測キャンペーン」を実施し、そのキャンペーン前後の児死亡率を詳細に検討した。このキャンペーンでは“胎動数” 自体の異常具体値を規定せず、「いつもより胎動が減った気がしたら受診してよい」とした。結果は、胎動減少者からの死産率が4.2%から2.4%に減少し(OR 0.67, 95%CI 0.48 ~ 0.93)、同時に胎動減少だけに限定しない全体の死産率も3 ( 千対) から2に減少していた。胎動カウント( 胎動減少) の死産減少効果が示された。

産科婦人科ガイドライン産科編2014 では、「“胎動回数減少” を主訴に受診した妊婦に対しては?」のCQ において、「胎動減少・消失が胎児死亡に先行する症例は存在するが、胎動カウントが周産期死亡を減少させるとの明確なエビデンスはない」とことわった上で、以下のAnswerを示し、いくつかの実例を挙げている。

Answer 1. 胎児well-being を評価(NST 等で) する。(推奨レベルB)

Answer 2. 胎動回数と胎児健康の関係について問われたら「関連ありとする研究報告がある」と答える。(推奨レベルC)

我々の提唱する胎動カウント法(modified 10 count method)

図1 胎動表に記載してある「10回胎動カウント」の方法

これまでに胎動カウント基準値はいくつか報告されている。が、いずれも後期妊婦のみを対象としていたり、カウント方法が明確に定義されていない、などの問題があった。そこで我々は、妊婦に胎動初覚後の自覚胎動数をカウントさせ、妊娠週数別胎動数の正常値・基準値を作成した 4)。データの少なかった妊娠21 週以前は除外し、妊娠22 週以後のデータを採用した。私たちの胎動カウント法は、以下の通りである(modified 10 count met hod)(図1)。

① 胎児が今、まさによく動いていると
  感じる時(時間を決めない)
② 胎動計測時の体位は問わない
③ 児が10 回動くまでの時間を測定し、記録する

この方法は、時間を(たとえば夕食後などと) 決めて行う従来法と比べ、妊婦がカウントにかける時間が短く、手軽に行える。妊婦約700 例をもとに作成した基準値が図2である。胎動は妊娠22週(中央値10.9分) から32週(中央値10.0分) にかけてほぼ一定で、その後、妊娠33週以後、カウント時間は徐々に増加(胎動数は減少) し、40週では中央値14.8分と最大値(胎動数が最小)を示した。(P<0.05 ; 32w vs 35 ~ 40w ) 胎動カウントの90 パーセンタイル値は、妊娠36 週までは約25分(21.2 ~ 25.4分) で、妊娠37週以降は約35分(27.5 ~ 36.0分) であった。言い換えれば、胎児が10回動くまでの時間が、妊娠36週以前で25分以上、37週以降では35分以上の場合には「胎動が少ない」ということができる。ただし、25 分、35 分以上かかる場合が「病的かどうか」はまだわからないが、おおよそカウント10回が1時間を越えるような場合には、受診を促している。もちろん、1時間を越えなければ来院してはいけない、ということではなく「胎動表を参考にしつつ、自覚的に胎動が減少した、と感じる場合には来院してよい」ことにしてある。

図2 妊娠週数別自覚胎動カウントの基準値

我々の経験した胎動減少・消失症例

我々はこれまでに、数例の胎児病や胎児機能不全状態を経験し、報告した。ここでは、我々の経験した胎動減少・消失症例のうち特徴的な症例を提示する。

① 先天性ミオパチーでの胎動減少 5,6)

神経筋疾患では胎動はかなり少ないと考えられていたが、実際にどの位少ないのかの報告はこれまでになかった。我々は、胎動数が胎動自覚早期より基準範囲を下回ることを初めて報告した。

図3 実際に記入された胎動カウント表

症例は38 才の1回経産婦である。妊娠28 週より、我々の提唱している自覚胎動カウントを開始した。図3は、実際に記入された胎動カウント表である。カウント当初より基準値(25分:図の基準線)を超えていたため、外来で厳重管理していた。妊娠34 週頃より羊水が次第に増え、妊娠37 週には羊水過多(AFI>30cm) となった。胎児超音波検査では、胎児膝関節の伸展拘縮、股関節拘縮などが認められた。呼吸様運動も観察されないため、この時点で神経筋疾患の存在が強く疑われた。妊娠38 週に破水し、2444g の女児を経膣分娩した。児は出生後に精査が行われた結果、筋生検で特徴的なネマリン小体(Nemalinebody) を多数認め、先天性ミオパチー(先天性ネマリンミオパチー) と最終診断された。

神経筋疾患では、胎動自覚はほとんどないものと誤認されている場合がある。本症例でも、1時間以内には10 回動いていることから、胎動が全くなくなるわけではない。神経筋疾患の児であっても、「胎動はきちんとあった」と申告する妊婦もいるであろうと推察された。したがって、羊水過多の症例を診る場合、胎動自覚があるからといって、神経筋疾患を鑑別疾患から除外すべきではない。

② 臍帯過捻転での胎動減少 7)

症例は38 才の初産婦である。胎動初覚時期より常に胎動に注意していた。妊娠26 週1 日、丸1日胎動を感じなかったために翌日近医を受診した。超音波検査で発育異常なく、パルスドプラでも異常を指摘されなかった。まだ胎動初覚後早期なので、胎動を感じにくい、ただそれだけのことではないだろうか、とも考えた。が、念のために施行された胎児心拍モニタリングで、variabilityはminimal であったため、精査目的で当科へ紹介された。当科での超音波検査で、胎児発育は基準範囲であったが、臍帯高度過捻転を認めた。超音波検査中に胎児心拍の低下を認めたため、胎児心拍モニタリングを行ったところsevere variable deceleration が頻発していた。NRFS と判断し、妊娠26週ではあったが、緊急帝王切開を行った。児は800g、男児、Apgar score : 3-7-7 であり、NICU 入院後に挿管管理となったが、その後NICU から退院できた。

子宮内胎児死亡の原因がはっきりせず、臍帯過捻転の存在を胎児死亡の原因とretrograde に想定しうる例が多数ある。本症例はこのまま放置されていればIUFD になった可能性が高いと推定され、「胎動カウントが児救命につながった最小(浅) 週数例」である。

③ 急激に進行したTTTS (双胎間輸血症候群) でみられた胎動減少 8)

双胎の胎動は、はたから見ると一見どちらの児が動いているのか分からないように思えるが、妊婦健診で聞くと、「分かりますよ」と答える妊婦が多い。双胎では胎動カウント表の記載は求めていないが、胎動には注意するよう促している。症例は妊娠31 週の一絨毛膜二羊膜(MD) 双胎である。直前の外来で羊水差が出てきたため、入院が計画されていた。夜間、片方の児の胎動が少なくなっているのに気づいて来院した。CTG では、胎動がないと感じた供血児は胎児貧血を示唆するsinusoidal pattern を呈し、受血児はほぼvariability がない状態であった。緊急帝王切開を行い、NICU に収容した。体重は、受血児2060g、供血児1578g であり、急激に進行したTTTSのために、胎児機能不全に陥ったものと推察された。

胎動減少は胎児の状態悪化で起こるため、単胎であろうと多胎であろうと気がつくことができる。多胎の場合は個々のカウントで時間がかかることが推測されるため、「いつもと違う」「ちょっと減った気がする」という自覚でも、胎児well-beingの評価がされることが望ましい。特にMD双胎の場合は、突然のTTTS が懸念されるため、胎動により注意を促すべきと考えられる。

④ 胎動消失を「お産が近いため」と、自己判断した症例 9)

我々が胎動カウントを推奨している中で、悔やまれる症例があった。症例は26歳の初妊婦である。妊娠経過中、異常は指摘されず、27 週から胎動カウントを行っていた。38 週を過ぎ、胎動カウントを試みたが、胎動を全く感じなかった。しかし、「お産が近くなると児は動かなくなる」と一般的に言われているので、「そろそろお産なのだ」と思い、胎動低下は生理的現象だと判断し、放置 していた。その4日後妊婦健診を受診し、IUFD が判明した。

一般的にお産が近づくと胎動が少なくなることは知られている。最近の研究では、active phaseにきちんと計測させればカウント時間は10 分であり、妊娠末期にはこの時間が約2分ほど延長するとされている10)。我々の作成した基準値でも、妊娠37週以降は10回カウントに要する時間が長くなっている。しかし、胎動が全くなくなるわけではなく、本症例のように「お産が近づくと児が動かなくなる」という誤解がなければ、助けられるケースもあるかもしれない。これ以降、我々の胎動チェック表には、「胎動は少なくなることはあっても、全くなくなることはありません」との1文を付け加えるようにした(図1)。

この他、胎児の急性腹症で胎動が減少した症例など、これまでに多くの胎児疾病と胎動の関係を報告した11)。胎動は胎児の状況を映す鏡であり、自覚胎動カウントは、妊婦が「安全」に妊娠生活を送る上での、重要なツールであると考えられる。

② 母体の安全

妊婦健診では、胎児管理ばかりでなく、もちろん母体管理も重要となる。妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの管理を行い、母体の安全に気を配っているが、この教育セミナーを共催している(有)青葉は、長年にわたり妊婦の腰痛対策に取り組んできているので、本項では腰痛原因のひとつと考えられる妊婦の重心変化について、我々のデータをご紹介する。

① 重心・ふらつきの妊娠期間中の変化 12)

妊婦は胎児の成長に伴って子宮が増大し、重心位置が変動する。その結果、抗重力筋の筋力低下等を認めることが知られている。妊娠期間中の重心・ふらつきの変化についての報告をまとめると、妊娠中期には前後方向、妊娠後期には左右方向の重心変動が見られることが報告されている。ただし、残念ながらこれらのデータは昔のものが多いため、我々は、現在の妊婦の重心変化について検討した。

図4 総軌跡長( 立位時のふらつきの大きさ[ 開眼])

対象は単胎妊婦189 名である。(対照は非妊婦44 名) アニマ社製グラビコーダGP-7 を使用して、重心位置測定と重心動揺検査を行った。結果、非妊婦・妊娠初期と比べ、妊娠中後期には重心が後に位置していることが分かった(P<0.05)。開眼姿勢保持時のふらつきも、非妊婦と比べて妊娠後期では大きいことがわかった(P<0.01) (図4)。つまり、妊娠後期では、重心がより後ろに移動し、ふらつきが大きくなることが、定量的に示された。一般的に、子宮が大きくなると、重心が前に移動するような印象を受けるが、実際は後ろになる。これは増大子宮に対抗し、腰背部筋を使ってバランスをとっているためと考えられる。また、ふらつきが大きいと転倒しないように腰背部などの筋肉を使うことが予想される。
腰背部筋の使用は、腰痛の発生に関連することが知られており、この重心移動、ふらつきの事象が腰痛の一因である可能性が示唆された。

② 骨盤ベルト着用による重心・ふらつきの変化

(有)青葉のランチョンセミナーではこれまで、骨盤ベルトの有用性についていくつも報告されてきた。そこで、骨盤ベルトを使用すると、重心がどのように変化するか、特にお腹が大きくなる妊娠36週以降に絞って検討した。対象は、骨盤ベルト使用経験のない妊娠36 週以降の妊婦10 名である。
骨盤ベルト有無での重心・ふらつきの違いを検討した。結果、重心の前後の変化[cm ; 後ろがマイナス]は、ベルト着用の有無でほとんど見られなかった( ベルトなし-2.06 vs ベルトあり-2.11,p=0.42) が、矩形面積で評価したふらつき[cm 2]は、開眼時は10 例中6例が、閉眼時は10 例中9例が、ベルト着用によって減少していた。定量評価すると特に閉眼時で、有意にふらつきが減少していた( ベルトなし7.3 vs ベルトあり5.3, p<0.01)。この結果から、妊娠後期の骨盤ベルト着用は、ふらつきを減少させることが分かった。これは腰痛発症のリスク軽減に役立つかもしれない。

③ 切迫早産妊婦の重心・ふらつきの変化

重症な切迫早産症例では、長期安静臥床を強いられるため、筋力低下が起こり、その後の育児行動に支障を来すケースも知られている。したがって、長期安静臥床の際の筋力低下が重心変化・ふらつきに影響するか検討した。

妊娠28 週から33 週までの妊婦に対し、切迫早産で安静入院14 日目と安静入院28 日目に重心動揺検査を行った。結果として、有意な重心変化は確認できなかった。成人女性の下肢筋力は、姿勢バランスの維持に重要な因子ではないとの報告もあり13)、筋力の低下だけでは妊婦の重心・ふらつきに影響しないことが明らかになった。したがって、切迫早産妊婦の転倒は、重心・ふらつきの影響というよりはむしろ、下肢筋力低下が直接的な原因である可能性がある。今後、長期臥床妊婦の下肢筋力を測定し、適切なリハビリ整備を通して、切迫早産妊婦の転倒防止について、対策を講じていきたいと考えている。

③ 機器の安全

超音波診断装置は、他の診断法に代えがたい重要で無侵襲な診断法として広く普及している。
我々が日々「聴診器がわり」に頻用している超音波であるが、必ずしも母児に無害というわけではない。特に近年、高性能の機器が開発され、従来使用されていなかった高い音響出力の超音波が市販されるようになった。我々ユーザーは、「診断情報の利益」と「生体作用のリスク」、のバランスを意識して、慎重に使用することが推奨される。

① 超音波が生体(胎児) に与える影響 14)

超音波のエネルギーは、生体に対して、熱作用と非熱作用を与える。中でも産科領域で特に問題となるのは、熱作用すなわち音響エネルギーの吸収による加熱作用である。超音波パルスドプラ法は、プローブを固定してビームを一定の方向に保つため、プローブを動かしている場合と比較して、時間平均強度が増加する。パルスドプラ法では、血流測定している局所の温度が約5度上昇すると言われている。カラードプラ法およびパワードプラ法では対象を超音波ビームでスキャンするため、組織が発熱する可能性は、B モードやM モードとパルスドプラ法の中間程度になるとされる。超音波装置には検査中に安全性情報をリアルタイム表示するため、mechanical index (MI) やThermalIndex(TI) のような出力表示があり、一定以上のエネルギー出力上限を超えないように注意しなければならない。「ALARA の原則」という言葉があるが、 ALARA とはas low as reasonably achievable の略語であり、必要な医学的判断が達成可能な範囲で、できるだけ低い出力レベルに抑えて検査すべきであるということである。ALARA の原則を遵守した出力レベルで検査を行うのは、超音波機器のオペレータの責任である。

超音波における疫学研究では、超音波検査と、男児での非右利きとの間の説明のつかない弱い関係があることが指摘されている。Cochrane review の最新改訂版では、全小児集団での非右利きの割合が、統計的に有意に増加していることがわかった。ここで注意しなくてはならないことは、最近の装置の音響出力がこの数十年で10-15 倍に増加してきているということである。議論しているほとんどの疫学的エビデンスは、20-25 年前に市販されたB モードスキャナーを使って得られたものであるため、妊娠中の超音波の有害作用が照射量に依存するものであるのであれば、現在までに得られている疫学データには限界があることを認識しておく必要がある。

これらのことから、ISUOG(国際産婦人科超音波学会)は、妊娠11 週~ 13 週6 日までの胎児超音波検査でのドプラ使用について、短時間必要最小限に行い、妊娠初期に胎児の血管を対象に超音波ドプラ検査することは、臨床的適応がない場合は行うべきではないとしている。

② 超音波探触子を介した感染の話題

日常頻用している超音波が、細菌やウイルスの感染伝播に関係していると考えて検査をしている医療従事者はいったいどれだけいるだろうか。例えば経腹超音波の探触子で考えてみる。患者Aの検査が終わった時、探触子には患者Aの腹部皮膚にいた菌が付着している可能性が考えられる。我々は、そのことに注意を払うこと無く、続けて患者B の検査を行えば、患者A からの細菌が患者B の腹部に伝播してしまう、ということである。鯉渕らは経腹探触子には前患者からの皮膚常在細菌が付着していることを確認した。この細菌を次の患者へ伝播するのを防ぐための方法として、患者A の検査終了直後に探触子に付着したゼリーを乾布で拭き取ることで、探触子の細菌数をほぼゼロにし、伝播を防ぐことができることを報告している15)。すなわち、産科医療に携わる者としては、妊婦健診で経腹超音波を行った後、必ず探触子のゼリーを拭き取ることを心がける必要がある。

経腟超音波はどうだろう。通常、経腟超音波をする時には、患者ごとにプローブカバーもしくはカバー代わりに使用している手袋を交換し検査しているため、前の患者の体液が直接次の患者に付着することは考えにくい。しかし、昨年、世界超音波医学生物学連合(WFUMB) から、子宮頸癌との関連が深いヒトパピローマウイルス(HPV) が探触子を介して感染する可能性があるので、“探触子そのものを患者毎に高レベル消毒すべき” との提言案が出された。これによると、日常臨床で使用しているように患者毎にカバーを代えて検査をしていても、そのカバーの内側の探触子本体にHPV が付着していたとの海外の報告が数件あるため、プローブ消毒後にカバーをかけて次の患者に使用することを推奨するということであった。患者毎に低レベル消毒(四級アンモニウム) した上でカバーをして検査してもHPV が検出されたとの報告があるため16)、プローブカバーを破損してしまうこともあるので、高レベル消毒を推奨するという内容の提言案である。この提言案がそのまま採用されると、経腟超音波で検査後に、グルタルアルデヒド製品(Cidex 等) に一定時間浸したり、紫外線滅菌器に5分かけたり、などといった高レベル消毒をした上でないと、次の患者を診察できないと言ったことが起こりうることになる。国内の産婦人科医療に混乱を招く可能性が高いため、日本超音波医学会の機器と安全に関する委員会は研究班を設置し、国内の探触子汚染の現状調査と対応策を研究することとした。Preliminary な結果(国内のデータ) では、10%の経腟探触子に子宮頸がんハイリスクHPV が検出されている。研究が進行中であり、最終結果がまだ出ていないが、現段階で我々検査者は、探触子にHPV がいるかもしれないと認識した上で、検査に望むことが重要である。プローブカバーが破損した際は、今までは軽く拭いて特に気にもとめなかった施設もあるかもしれないが、今後は、流水で洗浄するなどといった対応をとらなければならなくなるかもしれない。

おわりに

妊娠中の安全確保の方法は、これ以外にも、普段無意識に行っているものも含めればたくさんある。本講演では、胎動カウントによる胎児健康評価と妊婦の重心・ふらつきからみた腰痛成因の一考察について、そして超音波の安全使用について触れた。これらは数ある安全確保ツールのひとつでしかないが、知っていると妊婦健診や日々の臨床で役に立つかもしれない。様々なツールを駆使して、安全な周産期医療を提供していっていただけたらと願う。

最後に、本セミナーの座長の労をおとりくださった国立病院機構長良医療センターの川鰭市郎先生に深甚なる謝意を表します。

参考文献

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