第53回日本母性衛生学会総会・学術集会
ランチョンセミナー 骨盤ケアで改善! PART10

妊娠・分娩・産褥・新生児のトラブル
―骨盤ケアで脊柱も心も変化する―

目次

コーディネーター・座長からのごあいさつ
トコ・カイロプラクティック学院 学院長 渡部 信子

座長・演者経歴

演題1  妊娠に伴う腰背部痛・骨盤痛のメカニズム
京都大学大学院 医学研究科 人間健康科学系専攻 リハビリテーション科学コース 理学療法士 梶原由布

演題2  妊婦の腰痛はマイナートラブルか?
自治医科大学 精神医学講座・佐野厚生総合病院 精神神経科 吉田勝也

演題2 妊婦の腰痛はマイナートラブルか?

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理学療法士 梶原由布

自治医科大学 精神医学講座・
佐野厚生総合病院 精神神経科
吉田勝也

Ⅰ. なぜ、精神科医が腰痛の話をするのか

精神科の医師がなぜ、腰痛の話をするのかと不思議に思われた方が少なからずおられると思います。そこで、なぜ、私が腰痛の研究を行うようになったか、そのきっかけをお話しましょう。

もう、10 年くらい前のことですが、腰痛を苦にして、自殺企図に至った患者さんの診察を救命救急センターから2 人立て続けに依頼されました。この時私は、腰痛だからこういうことが起こるのか、頭痛ではどうなのか、腰痛の背景に固有の精神医学的な問題が潜んでいるかもしれないと考えました。何か根拠があったわけではなく、直感的にそう思ったのです。私にとって腰痛は精神医学の問題として立ち現れたのです。

今日は腰痛とこころの関係 1,2) を少しでも理解して頂きたいと願っています。

Ⅱ. 腰痛と器質疾患

腰痛と聞いてすぐに思い浮かぶのは、椎間板ヘルニアなどの脊椎疾患と思います。Waddell 3)は、整形外科受診の腰痛患者の器質病変と腰痛(the clinical presentation of pain) との相関係数は0.27 と報告しており、予想に反してその相関は小さいと思われます。

以上のことから、腰痛には器質疾患以外の要因が関与していることが推定されます。要因の一つとして心理学的、精神医学的な問題が存在している可能性があると考えられます。

Ⅲ. 腰痛とうつ病

Polatin 4) は、機能回復訓練に通っている200 人の慢性腰痛患者のうち、64%がDSM (精神疾患の診断・統計マニュアル) 分類の大うつ病性障害に該当と報告しています。よって、慢性腰痛の背景にはうつ病が存在する可能性があると考えられます。

壁島 5) は、うつ病の約65%に疼痛を認め、最も多いのは頭痛で、次いで、腰痛を含む躯幹の痛みと言っています。山家ら 6) は、うつ病の42%に疼痛の訴えがあり、その中で腰痛と頭痛は両者とも33%と述べています。

ここで、私が主治医として担当させて頂いたうつ病の患者さん 7) をご紹介します。50 歳代の女性です。

X 年1 月、夫が肝臓癌で亡くなりました。3 月に入ると強い腰痛を訴えるようになり、トイレにも行けない状態になりました。その後、抑うつ気分や不眠などを訴えるようになりました。6 月下旬には、強い自殺念慮を訴えたため、精神科に入院となりました。以後、順調な回復をみせ、腰痛の訴えもなく、10 月上旬に退院となりました。

11 月上旬、再び、腰痛を訴えるようになり、12 月中旬、自殺念慮を訴えたため、再入院となりました。X+1 年1 月中旬、外泊をして、夫の1 周忌を無事に済ませました。2 月下旬には「夫の死も1 周忌が過ぎて落ち着いた。受け入れられてきた」と述べました。4 月上旬、腰痛の訴えもなく、改善がみられたため、退院となりました。6 月上旬、外来で患者は「発病前の状態にほぼ戻っている」と言いました。

夫を亡くした後に腰痛を訴えるようになりましたが、喪の作業が進むにつれて、腰痛の訴えはなくなっていきました。痛みには意味がある 8) と言えると思います。

Ⅳ. 腰痛とは?

ここまで腰痛のお話をしてきましたが、どのような印象をお持ちでしょうか。整形外科医で、腰痛研究の第一人者の菊地 9) は、腰痛について以下のように言っています。

腰痛は、研究者にとっても闇に迷い込むようで、いったん迷い込むと、なかなかその闇の中から抜け出せない。腰痛にはいくつも不思議なことがある。その最大の不思議さは、発生機序や病態が21 世紀を迎えた現在でも完全には解明されていないことである。そのため、腰痛の診療は、す べて科学的に立証された内容から構成されているわけではない。ひょっとしたら腰痛には現在の科学的概念では了解不可能な内容が存在しているのではないだろうか。

Ⅴ. 妊婦の腰痛

岸田ら10) によると、腰痛は妊婦の約70%に認められる最も頻度の多い症状と言っています。
多くの妊婦が腰痛を経験するようです。この中に、腰痛に苦しんだ挙句に、抑うつ的になっている患者さんがいるかもしれません。

青山 11) は妊婦の腰痛を診察する医療者側の問題点について次のように述べています。産科として、腰痛は通常の日常生活の活動においても生じる疾病であり、妊婦もあえて症状を訴えないため、大きな問題として取り上げられない可能性があるといいます。また、 整形外科として、妊娠期には体重増加や脊柱のアライメント変化から腰痛発生はやむを得ないものというような意識が潜在していると指摘しています。医療者側に、妊婦の腰痛を積極的に治療しようとしない傾向があるのかもしれません。

Ⅵ. 「心因性腰痛」という診断が患者さんに与える影響

ここで、ひとりの患者さんをご紹介します。私が今まで診させて頂いた腰痛の患者さんの訴えを参考にして記述した実在しない方です。しかし、全くでたらめということではなく、どこにでもおられるような患者さんのモデルと思って下さい。

28 歳の女性、Aさんです。現在、妊娠24 週で、経過は順調なのですが、先のことをくよくよと考え、不安におそわれるそうです。約2 か月前から腰が重い感じがして、今は痛くて仕方がないそうです。
ずっと我慢していましたが、あまりにも辛いので整形外科にかかったそうです。

整形外科医に「あなたの腰痛は心因性です。まあ、心配ないでしょう。通院は必要ありません」と言われたそうです。

「心因性」と言われ、Aさんは次のように考えたそうです。「こんなに痛いというのに、心因性なんて。私は、痛みを何とかして欲しいだけなのに。もう、どうしていいかわからない。痛くて仕方がない。辛い」

その後、Aさんは不眠や食欲低下を訴え、さらに、不安・焦燥が非常に強くなりました。「とうてい、出産まで漕ぎ着ける自信がない」と思い、絶望感におそわれるようになりました。

医師から「心因性腰痛」と言われ、心配ないと放置され、腰痛へのこだわりを強め、抑うつ的になっている患者さんを何人か診させて頂いたことがあります。「心因性腰痛」という診断名は患者さんを更なる不安に陥れる可能性があると思います。

Ⅶ. 機能性身体症候群(Functional Somatic Syndrome : FSS)

福永ら 12) は、FSS について次のように述べています。1990 年頃から、身体機能の異常をとらえる検査法が進歩し、機能異常と症状の関係が次第に明らかになってきた。臓器の末梢知覚、運動機能、さらには免疫機能の変化が測定できるようになり、これらをFSS として位置付けるようになった。

福永ら12) は、FSS の例として、過敏性腸症候群、月経前症候群、慢性骨盤痛、非心臓性胸痛、緊張型頭痛、顎関節症などを挙げています。

以前は「心因性」と考えられていたものが、検査技術の進歩により、機能的異常が見出され、「心因性」という言葉では説明不能になったと考えて良いだろうと思います。

野口 13) は、FSS には精神的、心理的要素が関与しているものの、心因論からすべてを説明することはできないゆえ、身体科からの紹介で、しばしばいわれるように「身体的に異常がないから精神科だと思います」という見方は正しくないことになると述べています。

妊婦のある種の腰痛は、FSS と考えて良いと思われます。リラキシンの分泌による靭帯の弛緩は、腰椎の不安定性をまねき腰痛を引き起こす可能性があるでしょう。脊柱アライメントの変化もしかりです。筋に由来する腰痛も見逃せません。

Ⅷ. 「心因性」を控える

「器質疾患が認められないので心因性腰痛と考える」という内容の紹介状を受け取ることがあります。「心因性腰痛」という病名を用いるならば、心因が明確であり、それが腰痛の成因に重要な役割を果たしていることが明らかなときのみにするべきと考えます。

あくまでも私の経験の範囲で言えることですが、慢性腰痛の心因が明らかになることはめったにないと思われます。

Ⅸ. 妊婦の腰痛の治療

このことに関しては、皆様の方がより詳しいと思いますので、私は精神科医として少しだけ述べたいと思います。

機能性の異常(FSS) を考え対応するならば、さらしや骨盤輪支持ベルトを用いたり、温めたり、運動療法などが有効でしょう。

上記のような対応をしつつ、継続的に話を十分に聞く、継続的に寄り添うことが何よりも重要と考えます。出産の専門家である助産師が上記のことを実践すれば、妊婦は安心し、腰痛の苦痛もやわらぐのではないかと想像します。

先ほどのAさんの場合は、精神科に紹介するのが良いでしょう。しかし、精神科に紹介して事足れりではありません。紹介をするだけでは、患者さんは見捨てられたと思うでしょう。大事なことは、助産師、産科、整形外科などの患者を取り巻くスタッフが、今まで通り、関わるというはっきりとしたメッセージを患者さんに伝える必要があると思います。先程も述べたように継続的に寄り添うことが重要です。

以上、みてきましたように、妊婦の腰痛は、妊娠の継続をも危うくするような側面があることから、マイナートラブルなどではなく、積極的な関わりが必要と思われます。

参考文献

  • 吉田勝也, 他: 精神科でみられる腰痛とその診断. 日本医師会雑誌, 139 : 53-56, 2010.
  • 吉田勝也: 心の影響を受けやすい身体疾患とその症状, 整形外科領域. 脳とこころのプライマリケア 第3 巻こころと身体の相互作用,  宮岡 等編, シナジー出版. (近刊)
  • Waddell,G: A new clinical model for the treatment of low-back-pain. Spine, 12 : 632-644, 1987.
  • Polatin,P.B.,et al: Psychiatric illness and chronic low-back pain. The mind and the spine-Which goes first? Spine, 18 : 66-71, 1993.
  • 壁島祥郎: 神経科医からみた腰痛症. MB Orthop, 93 年増刊: 147-151, 1993.
  • 山家邦章, 他: うつ病患者の心気症状の臨床的検討. 精神神経学雑誌, 106(7) : 867-876,2004-07-25.
  • 吉田勝也, 他: うつ病と腰痛 ―対象喪失と秩序の破綻―. 臨床精神病理, 27 : 185-195, 2006.
  • Morris,David B. : 渡辺勉, 他訳: 痛みの文化史. 紀伊国屋書店, 東京, 1998.
  • 菊地臣一: 腰痛. 医学書院, 東京, 2003.
  • 岸田蓄子, 他: 妊産婦にみられる腰痛とその対策. 産婦人科治療, 2006 年2 月号: 152-156, 2006.
  • 青山朋樹: 妊婦における腰痛. 母性衛生, 53 : 45-50, 2012.
  • 福永幹彦, 他: FSS の歴史, 概念の解説. 日本臨床, 67 : 1647-1651, 2009.
  • 野口正行:身体表現性障害―診療上の諸注意とその診断分類の問題点―. 精神科治療学, 第23巻01号:41-46, 2008.