第28回日本助産学会学術集会
ランチョンセミナー 骨盤ケアで改善! PART14

妊娠・分娩・産褥・新生児期のトラブル
―類人猿型骨盤の増加が、周産期医療に及ぼす影響―

目次

コーディネーター・座長からのごあいさつ
トコ・カイロプラクティック学院 学院長 渡部 信子

座長・演者経歴

演題1 女性骨盤は変化してきているのか
浜松医科大学 産婦人科家庭医療学 特任助教 鳴本 敬一郎

演題2 快適な妊娠・出産・育児の支援に注ぐ思い ~自身の経験を通して~
女性とこどものためのサロン Ohana 院長
トコ・カイロプラクテック学院 准講師 助産師 平山 小百合

演題2 快適な妊娠・出産・育児の支援に注ぐ思い ~自身の経験を通して~

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女性とこどものためのサロン Ohana 院長 トコ・カイロプラクテック学院 准講師 助産師 平山 小百合

女性とこどものためのサロン Ohana 院長
トコ・カイロプラクテック学院 准講師
助産師 平山 小百合

Ⅰ. はじめに

図1 新婚時代の私 最近の私

私が、助産師の仕事をしながら整体を学ぶようになったきっかけは2つあり、1つは、自身の腰痛である。もう1つは、当時勤務していた総合病院のMFICUに入院している妊婦の抱えるマイナートラブルや、メイジャートラブルは、体のバランスを整え、トコちゃんベルトを使って骨盤支持力を高めることにより、改善できるのではないかと考えたからである。

それと同時に、切迫早産で管理入院している妊婦を見て、「私も切迫早産になるのでは…?」と、“根拠のない予感”を抱いた。それは「私と似た体形の人が多い」と感じたからである。

似た体形とは、一言で表すならば「うすっぺらな体」。(図1)

つまり、脊柱は湾曲が乏しく“ストレートネック、フラットバック”、骨盤は仙骨が飛び出した類人猿型骨盤である。

そのような骨格での、妊活・妊娠・出産・育児経験をもとに、見い出した助産師としての役割についてお伝えしたい。

Ⅱ. 私の骨格の特徴と問題点

図2 脊柱湾曲の有無と内臓の位置

人間の脊柱は、本来、S字状の湾曲を持っているとされている。そのような脊柱ならば、胸郭は厚く、胸椎と肋骨を結ぶ関節は柔軟で、肋骨の可動性は良く、自然に深い呼吸ができ、肺活量も大きい。胸郭が厚くて容積が大きいと、内臓は本来あるべき位置に収まる。

一方、湾曲のない背中は、胸椎と肋骨を結ぶ関節が凝り固まり、胸郭は薄く、呼吸は浅く、肺活量が少ない。肝臓・胃・腸・腎臓などの臓器は、居場所を失い下垂して膀胱、子宮、直腸を圧迫する。骨盤内に下垂した内臓で骨盤は内側から押し広げられ、骨盤内はうっ血する。(図2)

私は26歳頃、肺活量検査を受けたことがあった。いくら頑張って息を吐いても、肺活量は「身長に対して少なすぎる」と言われ、何度も何度も検査をされた経験がある。

各種セミナーや講演会の時は、脊柱のS字状湾曲のない、まっすぐな脊柱タイプのモデルとして、格好の教材となり、いつも受講生の感嘆の声を浴びていた。

Ⅲ. 不妊治療から妊娠

図3 妊娠7週のGS

そんな、うすっぺらな骨格の持ち主である私の妊娠・出産経験は、惨憺たるものだった。

卵巣のう腫摘出術と、不妊治療中の子宮外妊娠の手術の既往があり、結婚5年目に、タイミング法にて妊娠に至った。この妊娠をした時は、カイロプラクティックセミナー受講中であった。

妊娠6週でGS確認。しかし、いつも“柿の種”のような細長い形で(図3)、医師より、「いびつなので育つかわからない」と告げられていた。

妊娠初期に数回出血があり、黄体ホルモン補充療法を受け、妊娠6週~2週間、安静の診断書が渡された。

妊娠21週頃、腹部緊満感があり、子宮頚管長38mmだったが、再び2週間の安静の診断書と、子宮収縮抑制剤の内服処方を受けた。

図4 妊娠19週の胎児図5 妊娠22週の胎児

その後、低置胎盤を指摘されたが、妊娠26週で胎盤の位置が内子宮口より25mmまで上がり、出血することもなく、帝王切開の適応も免れた。

健診時のエコー写真では、胎児の顔の前に両足が揃った姿勢をとっていて(図4・図5)、ローリングの動きはほとんどなく、ほぼいつも同じ場所に胎動を感じていた。

図6 妊娠34週時

妊娠27週5日、腹部緊満感が増強し、頚管長23mmに短縮したため入院。入院時の腹部緊満の増強時は、「きっとNICUのある病院に搬送になる。これからずっと安静の生活を送るのか…」と泣けてきた一方で「セルフケアをしなくては!」とベッド上で足首回し・頸部・骨盤調整の操体法などを丁寧に続けた。骨盤高位で、子宮の位置があがった状態を、メッシュの腹帯で支持するのが快適と感じるようになり、その後もその方法を続けた。

そのおかげで、腹部緊満は落ち着き、2日で自宅安静となり退院することができた。以後、切迫早産にて産休まで休職、自宅安静・子宮収縮抑制剤の頓服を続けた。

退院後もセルフケアを継続し、渡部信子先生が福岡に来られた際には整体施術を2度ほど受け、臨月近くにはお産に向けてウォーキングなどの体力作りも行うことができた。

妊娠中を通してのマイナートラブルは、冷えを自覚した程度で、後期には、腟壁下垂、下肢の軽度浮腫があった程度だった。

図6は妊娠34週時の写真であるが、手を添えていないとわからないくらい、小さくコロンとした腹部だった。

図7 肋骨の角度と子宮底長の変化

この妊娠経過を、子宮底長の高さと腹部の状態を照らし合わせながら考察してみる。すると、子宮底の高さが臍を超える時期に腹部緊満感が増強している。すると、狭い肋骨弓と硬い腹筋に挟まれ、子宮が増大するには、相当厳しい状態であったことが伺える。こういったことが、子宮収縮を引き起こした因子と考えられる(図7)。

子宮頚管長23mmまで短縮した時期は、胎児の体重と羊水量が増えてくる時期と重なっている。その後に、腟壁下垂も出てきた。このことは、腹部の状況に合わせ、骨盤底筋群への負荷が増大し、骨盤底筋群の支持力の弱さを起因とする、メイジャートラブルとマイナートラブルの出現だったのではないかと考えられる。

Ⅳ. 分娩

妊娠38週頃より夜間の前駆陣痛あり。

妊娠40週6日、自然破水。その後、非協調性の陣痛が発来、子宮口開大1cmの状態ですでに腰痛と肛門痛が出現し、出産まで激痛が続くも、有効陣痛にならず、最終的には疲労性微弱陣痛のため、陣痛促進剤を使用しての分娩となった。

図8 新生児期の状態

切迫早産であったにもかかわらず、41週1日での促進分娩だった。

分娩所要時間:26時間30分
分娩時出血量:348g
出生時体重:2,906g
身長:51cm
胸囲:32cm
頭囲:33cm

出産後に、私の体の悪さを知る整体仲間の助産師からは「よく自然分娩できたね…」と言われた。

Ⅴ. 育児

そんな、落ち着かない妊娠・分娩経過を辿った子どもは、頻回授乳と抱っこでしか眠らず、床では全く寝ない、常に泣いているという、いわゆる「育てにくい子」であった。

身体の様子としては、筋緊張が強く、音にも敏感で、驚愕反射が頻繁に出現。

直母は、吸啜が上手でなく、肩・背中あたりを緊張させながら飲むので、すぐに疲れてウトウト、飲んでいる量は少ないためすぐに覚醒し、頻回直母になっていた。また、人工乳を補充もしていたが、そちらも十分には飲もうとしなかった。排泄状況も不良で、便秘で悩まされた。体重は増加曲線の下限を辿っていた。

1カ月健診では、股関節の開排制限があり、紹介状を書かれたが、妊娠19週頃から両膝関節伸展位であったため、私にとっては予期されたことであった。小児科医に相談したところ「4カ月健診まで様子を見てもいい」との意見を得たため、受診はせず、整体的ベビーケアで開排制限は改善した。 *1)

Ⅵ. ベビーケア

胎内で理想的な胎児姿を全くとることができなかった娘は、私が丸く抱くこともできず、基本的なベビーケアをしようにも、緊張が強すぎて全くできなかった。目をつむったまま泣き続け、追視も認められない状態が続き、「発達面でも問題があるのでは?」との心配が尽きなかった。

しかし、生後66日のとき、渡部信子先生の整体施術を受ける機会を得て、その直後から緊張が取れて、丸く抱くことができるようになり、泣かずに目を開けて周囲を見渡すことができるようになった。

図9 体重増加曲線図10 生後7カ月 籠に入って笑顔が

私の日々のベビーケアでも体の緊張がほぐれるようになり、笑顔も見られるようになった。体重の日増もベビーケア施術後に増加し、カウプ指数も、12.9から、16.1、16.8と「普通」の評価範囲に至った。(図9)定頸、寝返り、ズリバイまでは、ゆっくりではあったが、膝ばい移動ができるようになると、その後は順調に発達を遂げていき、ようやく発達面での不安は払拭された。

Ⅶ. まとめ

私の骨格はどうしてこのようになってしまったのだろうか?私は第2子で、兄は、目を離すと鍵をあけて外に出て行ってしまう3歳児。かまってもらえない私は、ずっと寝かせられていて、やがて、歩行器や押し車をあてがわれ、十分に這うこともなく、月齢よりは早くつかまり立ち、伝い歩き、独歩をするようになったと、母から聞いていた。

そこから始まり、成長期である中高生時代に、運動を好きになれず、ひょろひょろと成長。どこを振り返っても、S字状湾曲の形成を促す時代がないまま、成人した。

社会人になっても、スポーツを楽しむこともなく、腰痛、ぎっくり腰、冷え症に悩む体。これが、冒頭の「ストレートネック・フラットバック・類人猿型骨盤」を持つ、柔軟性のないカチカチ骨格を作り上げた歴史だろうと思っている。

図11 フラダンスを踊る我が娘

整体を学び、ようやく、体の改善を図りだしたところで妊娠。まだ、順調な妊娠経過を期待できない体のまま、どうにか過ごし、分娩もどうにか経膣分娩。骨盤ケア、整体をしていたのに、こんな経過をたどったと思われるかもしれないが、「もしも、骨盤ケア・整体を学び、施術を受けたりセルフケアを続けなかったら、妊娠・出産を経験することもなかっただろう」と思う。

授かった娘は、カチカチでかわいそうな状況だったにもかかわらず、ケア面では恵まれていたおかげで順調に育った。しかし、戸外で十分には遊ばせる機会を、なかなか持てなかった。そんな私と娘を見た私の母は、自分が通うフラダンス教室に、3歳になった孫を連れていくようになった。そのためか、次第に筋力もついてきたが、良い胎勢だったと思える子どもたちと比べると、体の柔軟性に乏しい。

7歳からは体操教室にも通うようになり、柔軟で運動できる体となったが、それで十分とは、私は考えていない。8歳になった娘の、体のケアの目標は「快適な妊娠・出産・育児ができる体を作ること」である。

Ⅷ. おわりに

骨盤ケアを学び始めたことは、私の人生や職業人として、大きなターニングポイントとなった。こんな苦い経験をした助産師である私、ただでは、転ばない助産師魂!

「分娩を扱う助産師はたくさんいるけど、骨盤ケア・整体ができる助産師はまだ少ない!私のように妊娠しても切迫早産で安静を指示されて、仕事や家事が急にできなくなり、外出もできず、楽しいマタニティライフを過ごせない、育児がスムーズにできない…そんな女性を増やさないための助産師となろう!」との、助産師としての自分のビジョンが明確となった。

現在の仕事のスタイルは、まさかの!自分ができると思ってなかった、独立開業。妊活中の女性・妊婦・育児期・新生児~幼児を対象に、整体サロンを開いている。

仕事を持つキャリア女性が増加し、家庭内でも社会の中でも、多くの役割を持つ女性が増えてきた。妊娠は、急に妊婦という大きな役割を増やし、体の劇的な変化と生活の変化を引き起こす。つまり、一生のうちでこれほど身体的・心理的・社会的に変化が起こることはないであろう。その時期にかかわる助産師として、その人の妊娠経過のなかで、できるだけストレスを減らし、その人らしく過ごせることを目標に、骨盤ケアを通して支援したいと思う。

今後は、トラブルが起きてからのケアではなく、教室の開催などで、予期的指導の充実を計画している。

参考文献

  • 鈴木茂夫、不良胎勢は整形外科疾患と深い関係がある
  • 第34回日本母体胎児医学会学術集会 (有)青葉ランチョンセミナー 骨盤ケアで改善!PART7、2011